出版社/著者からの内容紹介
やがて50メートル分の本を収納する、大きな屋根の小さな家「ガエ・ハウス」が建った!
内容(「BOOK」データベースより)
内容(「MARC」データベースより)
出版社からのコメント
施主、建築家、職人、みんなが一丸となってくりひろげる、とびきり楽しい家づくりドキュメント。
著者からのコメント
アトリエ・ワン 建築家にとって、小さな住宅の設計は経済的には割に合わないものです。でもそのプロセスの一部始終を良い味がでるまで深く噛みしめて、出来上がった空間をこんなにも愛してくれる人がいるので、やっぱり続けたくなるのだと思います。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
フリーライター。1958年北海道生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店に約7年間勤務の後、『宝島』および『別冊宝島』の編集、ライターを経て、93年ごろよりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、幅広い媒体で取材・執筆活動を行なっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
ガエ・ハウスには部屋と部屋を仕切る壁がない。そもそも、空間を壁で仕切ってドアをくりぬいて「部屋」にするのがいやだった。ひとつの空間に、寝るコーナーがあったり、料理をするコーナーがあったり、仕事をするコーナーがある。そういう考え方だ。
なぜかというと、そもそも絶対的にスペースが狭いから。延べ床面積たかだか90平米弱である。坪数にすると25坪ぐらいか。大豪邸なら玄関ホールぐらいの広さでしかない。それをちまちまと仕切って使うのはいやだった。
以前、妹島和世さんと西沢立衛さんの仕事場におじゃましたことがある。天王洲の倉庫の中にある。1階ではフォークリフトががんがん走っていて、その2階の一角が妹島さんの事務所で、さらにそこに間借りするようにして西沢さんの仕事場があった。天井が広くて、がらんとしてて、ああいう空間の使い方はいいな、と思った。
都心の倉庫を借りて住む、というのは憧れだ。いまでも、いつか実行できないかなと思っている。住まいはすでにガエ・ハウスがあるから、たとえばセカンドハウスとして使うとか。いつだったか石山修武さんは、機能をあちこちに分散した住みかた――リビングが代官山で、ダイニングが青山で、寝室が赤坂、みたいな住みかた――を提案していたことがあったけれども、そんな感じで。 ガエ・ハウスには「部屋」はないけれども、床が仕切りの役割を果たしていて、結果的にフロアごとに機能が分かれている。地下が仕事部屋と寝室だ。
仕事部屋についてアトリエ・ワンに注文したのは、本棚の「長さ」と、作りつけの仕事机、という2点だけだった。必要なのはこれだけだったからだ。
本棚については、最初に渡した企画書の通り、「最低限何メートル必要か」という注文のしかたをした。これは書店員だった経験や、書店取材をしてきた経験からだ。本は冊数や「本棚いくつ」という単位ではなく、横に並べたら何メートルという量り方が正しい。素材やデザイン、あるいは、その棚をどのように配置するかは、一切、注文をつけなかった。建築家に自由に考えてほしいと思ったからだ。 作りつけの仕事机についても、コンピュータはタイピングテーブルで扱うので、高さなどはあまり使い心地と関係がない。広ければ広いに越したことはないが、ほかとのナリユキでいいと考えた。
逆に、仕事部屋にいらないものをアトリエ・ワンに伝えた。いちばんいらないのは窓だ。部屋には窓が必要だという先入観を取っ払う。 ドアがいらないのは、他の部屋と同じ。本棚の扉もいらない。 結局、アトリエ・ワンが考えたのは、部屋の周囲を本棚で囲むというかたち。窓もドアもないだけでなく、天井すらなくしてしまった。
天井をなくすことで、1階まで吹き抜けになり、1階の窓から明かりがこぼれてくるようになった。そのため、窓はないのに明るい
、という不思議な空間になった。 本棚をどうするかは最大の難問だった。櫛形に配置するとか、コの字型やL字型を組み合わせるなど、いくつか案が出たあとで、周囲をすべて本棚にすることで落ち着いた。
壁面を全部本棚にしてしまうというのは、アアルトが設計した図書館のデザインから思いついたことだ。塚本研究室で打ち合わせしているとき、塚本さんが「そうそう、こういうのがかっこいいんですよ」と本棚からアアルトの作品集を引っ張り出してきて見せてくれた。アアルトは私たち夫婦が大好きな建築家、デザイナーの一人だし、もちろんあの図書館のことは知っていたけれども、そこからアイデアを借用した仕事部屋を持てると思っていなかったから、これは嬉しかった。ちなみに、リビングにはアアルトの3本脚のスツールが、窓にはガラスの器(オーロラのような波形のふちになっている器)が置いてある。そういえば、セゾン美術館が閉館するとき、最後の展覧会がアアルト展だった。私が洋書店に勤務することになったのも、その後、ライターという職業に就いたのも、すべての出発点はセゾン美術館(当時は西武美術館)だった。
敷地も狭いし、延床面積もたいしたことない。おまけにカネもない。こういう悪条件のもとでは、何を取って何を捨てるか、その見極めが大切だ。あれか、これか。そして、「あれ」を取るには、「これ」を捨てなければ(あるいは、あきらめなければ)ならない。
ヴィレッジ・ヴァンガードという書店がある。本と雑貨を混在させた空間を作っている。はじめは書店業界でも異端視されていたが、客からは支持され、あっというまに全国展開。いまは100店舗を超えている。このヴィレッジ・ヴァンガードの菊地敬一社長がいっていた。「みんなに愛される書店を目指します、なんていう人が多いけど、みんなに愛されようとすると、結局、誰にも愛されないんだよね」と。 これは家づくりも同じだと思う。「あれも、これも」では、結局、どこにも魅力のない家になってしまう。まずは捨てるところから始まる。



